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東京高等裁判所 昭和33年(く)49号 決定 1958年10月23日

少年 Y(昭和一三・一一・一五生)

主文

本件抗告の申立を棄却する。

理由

本件抗告理由の第一は、本件詐欺事件につき、警察では被害を弁償すれば書類送検だけで済むと言われたので、これに対し弁償したにもかかわらず、裁判所が同行状を発付し、少年鑑別所に身柄を拘束したことは不当である、というもののようである。

しかしながら、一件記録によれば、原裁判所の意見書にもあるように、少年は、本件詐欺事件後、警察から説諭を受けながら依然素行はおさまらず、やくざ仲間に加わつて無為徒食を続け、さらに遊興費欲しさに保護者を脅迫するなどの行為があり、少年をこのまま放置すればその性格、環境に照らし将来罪を重ねるおそれがあるので、少年の保護のため緊急を要する状態にあるものと認め同行状を発付したことがうかがわれるから、原裁判所の処置に何ら不当のかどはない。

抗告理由の第二は、少年は少年鑑別所で規則を守り、まじめに行動していたにかかわらず、鑑別所はこれを認めなかつた、それは少年の前歴から偏見を抱いたためではないか、というもののようである。

しかし、調査記録編綴の昭和三二年一二月一四日付鑑別結果通知書中の行動観察の記載事項に徴すれば、必ずしも少年が鑑別所で従順に規則を守りまじめに行動していたとばかりは言えない。抗告人主張の偏見云々の事実は認められない。

抗告理由の第三は、少年は、本事件後改心を誓いまじめに働くことを決意したので、調査官、保護者および保護司は相談のうえ就職口を探し求めてくれ、そして少年自身もこの機会をとらえて働く意志に燃え鑑別所在所中就職計画まで作成したのに、それが無意味になつた、というもののようである。

しかしながら、調査記録中保護者H子および担当保護司Iの各調査報告書における陳述記載によれば、保護者は「今後の補導については良策がなく一切裁判所にお任せする、審判の席上裁判所から意見をきかれたときは、少年と同席の手前収容教育を望むとは言えないので、仮に在宅補導を希望すると述べるが、真意は収容もやむを得ないと考えている」と申し立てており、保護司も具体的良策を持つていないと申し立て、さらに審判の席においても補導の自信がないと供述している点からみて、少年の補導に対し保護者等に積極的な動きは全く見受けられず、かつ少年の就職計画についても保護者、保護司とも具体的な方策を示したことはないので、抗告人の主張は何らいわれがない。

抗告理由の第四は、少年院はまじめに働く精神を養うに適した所であろうが、それよりも本人自身が心底から働く気持になつたときはその働く機会を与えてやることこそ本人のために最良の策であるにかかわらず、裁判官は本人の意志を無視してその機会を与えなかつた、というのである。

しかしながら記録によれば、少年は度重なる非行歴があり少年院を仮退院後間もなくまた本件詐欺事件を犯して警察で取調を受け、かつ担当保護司の熱心な補導にもかかわらずいささかも態度を改めず、犯罪性のきわめて強いその地方で有名な無頼の徒渡辺登(前科十犯)の輩下となりヤクザ仲間にのみ通じる小指を切りつめるなどの行為をあえてしていることが認められ、とうてい少年がまじめに心底から働く気持になつたとはみられないばかりか、その放縦無頼の生活態度は、原裁判所の意見にもあるとおり、むしろ相当高度の収容教育をもつてしなければこれを改善することはできないとさえ考えられるから、原裁判所の処置に対する抗告人の非難は全く当らない。

抗告理由の第五は、保護者も保護司もともに今度こそ本人が更生できると言つているのであるから、本人を信じてその真偽のほどを試験的に観て欲しかつた、というもののようである。

しかし、すでにこれまでの説明によつて明らかなように、記録によれば、保護者も保護司も今度こそ本人が更生できると信じていたとはとうてい認められない。なお原裁判所の意見によつても、本件は少年が中等少年院退院後わずか二ヶ月足らずで発生したものであるから一応はいわゆる試験観察のことを考慮してみたのであるが、昭和三二年一二月九日付○○少年学院長J作成の協力依頼回答書によれば少年の学院内における成績はきわめて不良であり、かつ新潟鑑別所技官吉川洋男作成の鑑別結果通知書中少年の総合所見の記載からみると少年の性格上の難点は依然改善されていないことがうかがわれ、結局少年は前記中等少年院における矯正教育においてその犯罪的傾向がまだ矯正されないまま退院したものと認められるので、試験観察はこの場合全く実益はなく、むしろさらに強力な収容教育を施すことこそ少年にとり最も必要かつ妥当な措置と考えられるというのである。したがつて抗告人の主張はこれを採用することはできない。

抗告理由の第六は、少年は現在右の耳がよく聞えず、また左手小指の傷も治癒していないので、集団生活に支障がある、というのであるが、本件鑑別結果通知書の記載によれば診断の結果何ら機能障害なしと判定されているから右主張は理由がない。

抗告理由の第七は、本件の少年院送致理由として、裁判官は環境と性格から考えて収容教育が相当であるとしているが、この二つのどこが悪いか納得がいかないというのである。

しかしながら、原裁判所の意見書によれば、すでに本件少年院送致決定書に示されたとおり、少年は意志の自主性が低く、他方不良徒輩との交友関係を断つことは現住居に居住するかぎり不可能であり、かつ少年の非行性格はもはや在宅補導によつてはとうていこれを矯正しがたいほど深化しており、また不良徒輩との交友関係を断ちみずから悪から身を護ろうとする意欲関心に乏しく、少年の反社会的性格の根本改造は緊急の要事であると思料するとあり、このことは一件記録に徴しこれを肯認するに十分であるから、この点に関する抗告人の主張もまた理由がない。

以上の次第によりこのたび抗告人に対しなされた特別少年院送致の保護処分の決定については、右決定に影響を及ぼす法令の違反、重大な事実の誤認または処分の著しい不当を見出しがたいから、本件抗告はその理由がないものとして、少年法第三三条第一項によりこれを棄却すべきものとする。

(裁判長判事 加納駿平 判事 足立進 判事 山岸薫一)

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